俺は絵が大好きだ。俺は何も描いていない壁を見て、その壁に絵を描いた。
次の日にその壁に行ってみると人がたくさん集まって俺の絵を見てくれていた。
嬉しかった。俺の描いた絵が皆に注目されて。
これを期に俺はあらゆるところに絵を描いた。
でも、何日かすると前に描いた絵は消されていた。ショックを受けた。
絵が消されたということは俺の絵は認められていないということだからだ。
誰でもいい。俺の絵を認めてくれ。
そういう風に思うようになった。しかし、どうやって認めさせればいいのかわからなかった。
今までのやり方では誰も認めてくれはしない。俺は思案にくれた。
そんな時だ。こんな噂を聞いたのは。
午前4時にK番地に行くと普段は赤いポストのハズなのに黒くなっているらしい。
そのポストに悩みを書いて入れると、悩みが解決するのだそうだ。
俺は試しに悩みを書いた葉書を持って午前4時にK番地へ行った。
すると、噂通り、黒いポストが立っていた。
俺はポストに葉書を入れて帰宅した。
絵描きの話
「ヴァルー、ヴァルムー」
室内に少年の声が響く。歳は14歳程度だ。
その少年の声を聞きつけて金髪の10歳くらいの少年が扉を開き首を覗かせた。
「何…朱辿…」
朱辿と呼ばれたこげ茶の髪をした少年は楽しそうにヴァルムに葉書を見せる。
「見てみなよ、手紙が来た。久しぶりの金づるだ」
「じゃあ、招待状を送らないと…」
そう言ってヴァルムは部屋から出て行った。
ヴァルムが出て行ってからも朱辿は葉書を意味深に見つめ、近くにあった新聞を読み出した。
******
朝、起きてポストを見てみたら、中に一通の手紙が入っていた。しかも、なんだか高級そうだ。
それは、招待状だった。差出人はない。
俺は中を確認してみた。中にはカードが入っていた。
それにはこう書かれていた。
『悩める子羊よ、我が屋敷に案内しよう。さぁ扉をくぐってコチラへ――…』
何かの悪戯か・・・・・・?
俺は溜息をついて家へ戻るべく玄関の“扉”を開いて敷居をまたいだ。
「ようこそ。占いの館『フォリング』へ」
そんな、バカな!ここは俺の家だったハズだ!
なのに、なんで西洋風な部屋になっているんだ!?それに、この子供はどっから!?
「悩みがあったんじゃないの?どうしてほしいか助言がほしいんだろう?」
そのとき俺は昨日黒いポストに入れた葉書のことを思い出した。
あの噂の悩みが解決するって、もしかしたらこういうことなのか…?
しかし、現実離れしすぎている…!なんだかついていけない!
「あー…この状況に戸惑ってるんだね。マジックだと思って気を楽にして」
この子供、やけに落ち着いている…
「さあ、そこに腰をかけて。君の悩みを解決してあげるよ」
もう、あーだこーだ悩むのはやめよう。もしかしたらコレは夢かも知れない。
俺は子供に薦められた椅子に腰をかけ、思い切って悩みを打ち出した。
話し終わってから、こんな子供に一体俺は何を言っているんだろうか、と自己嫌悪した。
しかし、悩みを打ち解けて気が楽になったのも確かだ。
「君の悩みはわかった。そんな君にコレを・・・」
子供は三枚のカードを俺に見せた。・・・何も書いていない・・・・・・
「これは水に漬けると文字が浮かび上がるんだ。水占いってやつなんだけど。ほしい?」
俺は頷いた。なんでか、頷いてしまった。
すると、少年は微笑み右手を差し出して俺にこう言った。
「三千円」
はぁ!?なんだそれ、タダじゃないのか!?
「こっちはボランティアでこんなことをやってないんだ。商売でやっているもんでね。
本当は一枚一万で売りたいところなんだけど、大学生でしょ?
だから、特別に三千円で売ってあげようって言ってんだけど欲しい?」
なんだか妙にリアルな話になってきたな…
…三千円くらいなら出してもいいかもしれない
「わかった。払う。だからそれをくれ」
少年は微笑んで
「まいどあり」
と言ってカードを俺に手渡した。それから少年は手元にあった鈴をチリンと鳴らした。
すると、奥にあった扉が開きそこから金髪の少年が現れた。
「ヴァル、お客様のお帰りだ。案内しておいで」
金髪の少年はこくんと頷いた。
「こっちへ…」
俺はその少年に導かれるまま歩いた。すると大きな扉の前まで来てしまった。
「まだ、金は払ってないんだけど」
そう、まだ俺は金を払っていない。何せ今、俺の手元には財布がないからだ。
「お金なら先ほど勝手にあなたの家へお邪魔させて勝手に財布からお金を抜き取っておきました…」
なんちゅーガキだ。
金髪の子供は扉を開いた。
「さあ、扉をくぐって…後はそのカードの助言に従ってください…」
俺は扉をくぐった。くぐると同時に扉が閉まる音がした。
あぁ…やっぱし夢だったんだ…夢……………………んん?
なんで俺は道のど真ん中に突っ立ってるんだ!?
俺は手元を見てみた。
手にはしっかりと先ほど焦げ茶の髪をした少年からもらったカード三枚が握られている。
夢・・・じゃ、なかった・・・
気を緩んだすきにカードが一枚手から抜け落ちて水溜りに落ちてしまった。
「あっ、いっけね・・・」
カードを拾おうとした手を止めた。
カードには文字が書かれていた。これが、助言というやつなのか?
俺はカードを水溜りから拾いその文字を読んだ。
『午前0時にM交差点で死んだ女の子の絵を描け。その行為を他の場所でもやること』
と、書いていた。
死者の絵を描けだって!?そんなこと、多分、誰もやったことなんてないだろう。
なんという面白い題材だ。死者の絵…か。描き応えは十分にありそうだ。
俺はこのカードに書かれていることに従って死者の絵を描くことにした。
まずはM交差点で死んだ女の子のことを調べないと。
俺は図書館に行くべく一度家に帰ってからパジャマから服に着替えて出かけた。
俺はカードの助言に従って午前0時にM交差点へ行った。
いつもは夜でも交通が多い交差点だが、今日はなぜか一台も通らなかった。
ここはリアルさを追求するためにピンクの絵の具でクレヨンっぽく文字を書くことにした。
『ママ、いままでありがとう』
よし、これで完成だ。
朝方になってようやく作業が終わった。俺は一度、家に帰って寝ることにした。
あぁ、疲れた。
眼が覚めてから、俺はM交差点へと行ってみた。
すると、大勢の人がいっぱい来ていた。
その中で一人、うずくまって泣いている女の人が居た。
多分、ここで死んだ女の子の母親だろう。ひっきりなしに女の子の名前を読んでいる。
この事件は新聞にも載った。小さくだが。
俺はこの行為を何回も続けた。
Y川で溺れ死んだ男の子の絵をY橋に描いたり、誘拐されて殺されてしまった女の子の絵を
その子の自宅の近くに描いたり、といろいろだ。
死んだ人の絵を描くとその親族の方達が喜んでくれる。
それが嬉しくて止められなかったりした。
そして、今日も夜遅くに家を出た。
今日は医療ミスで死んだ男の絵を描きに病院へ行った。
さて、絵を描くか…
「お前だな!ここ最近色んなとこで悪戯描きをする奴は!」
絵を描こうとと思ったら警察に見つかった。
俺は慌てて逃げようとしたが、水を入れていたバケツにつまずいてこけてしまった。
その表紙にカードが一枚ポケットから出てしまい、バケツに入れていた水につかってしまった。
あぁ!貴重なカードが!
俺はカードを見てみた。文字が発光して読めるようになっている。
『警察の厄介になれば吉』
と、出ていた。
あぁ…なんか本当に占いっぽくなってきたなぁ…
俺はカードの助言に従い、警察へ厄介になることになった。
******
「朱辿…警察なんかのところへ行って大丈夫…?」
水面鏡を見ながら隣に立っている朱辿に尋ねるヴァルム。
「うん。これも計算のうちだよ。ボクが今まで間違ったことをしたと思うか?」
「…」
ヴァルムはゆっくりと首を振った。
「さて、続きを見てみようか・・・」
******
俺は警察に色々と質問をされた。
俺はやましいことを一つもしていないので
今まで路上や壁などに絵を描いていたことを素直に認めた。
身元を聞かれたりもしたので、俺は住所と電話番号を書いた。
「もう、こんなことすんじゃねぇぞ」
警察にはきつく説教された後に釈放された。
罰金をとられるかと思ったけどとられなかったのでちょっと拍子抜けした。
それから数日がたつと、何人もの人が俺の家を訪ねてきた。
俺が死んだ人の絵を描いた遺族達だ。そして、何度もお礼を言われたりした。
今でも俺が描いた絵は消さないでおいている、と言われたりもした。
こんなに色んな人に喜んでもらえて嬉しかった。
俺は、皆をあっと言わせる絵が描きたい、と思った。
そんなとき、自宅の電話が鳴った。
出てみると、どっかの大企業からの電話だった。
「先日、新聞であなたの絵を拝見しました。
いやぁ…死者を絵の題材にするとは面白い方ですね!
あなたもご存知でしょうけど今度、G番地の方で美術館をオープンするのですが
そのときに是非あなたに絵を描いてほしいのですがどうですかね?」
なんてこった!コレはまたとないチャンスではないか!
「は、はい!!喜んで!」
俺はすぐさま返事をよこした。
待てよ…?この人はどっから俺のことを知ったんだ?
新聞には俺の顔は一切出していないはずなのに・・・
「あのぉ・・・なんで俺の電話番号を知ってるんですか・・・?」
「あぁ!これは失敬!あなた一回、警察にご厄介になっているでしょう?
我々は警察の方にも聞いてあなたの住所、電話番号を知ることができたのですよ」
はぁー・・・それは、偉いご苦労なことで・・・
「あなたにはオープン時に絵を描いてもらうわけですが・・・オープン記念にあなたの絵をでっかく
中庭の方に飾ろうと、我々の方で企画しているのですが大丈夫ですか?」
「え・・・中庭に・・・ですか・・・・・・?」
「ええ。あなたの絵は美術館の目玉品となりますので」
「お、俺なんかの無名な絵描きなんかにそんなたいそれたことできるでしょうか・・・?」
「大丈夫です!あなたの技術、発想力は我々も認めています!
開催は3週間後です。それまで自由に美術館に出入りしても構いません。期待していますよ」
・・・
こうして、俺は一世一代の大チャンスを手に入れることが出来たのだ。
あのときの助言に従っていなかったらこんなことにはならなかっただろう。
さて、どうしたものか・・・
美術展の目玉品となるのだから恥をかかないようなものを描かなくては・・・
そうだ!
こんなときこそ、カードの助言を借りよう!
俺は最後のカードを取り出して水につけた。
カードに浮かび上がったのは・・・
『ラッキーアイテムは水』
・・・・・・もう、これ助言じゃなくなってるよ・・・普通に占いになってる・・・
いや、あの子供はこのカードを水占いって言ってたけど・・・
しかし、水か・・・絵を描くには水が必要だし・・・これはあまり気にしない方がいいのか・・・?
とりあえず、明日は美術館に下見をしに行こう。
朝が来て、俺は早速、美術館に行った。
美術館全体が広い。迷子になってしまいそうだ・・・俺はやっと中庭に辿り着いた。
中庭も広い。ちょっとした池までもある。
下見が終わったので昼頃に家に戻ろうと道を歩いていた。
そのときに小学校のプール脇を通った。子供達の楽しそうな声が聞こえる。
と、何かが俺の頭に当たった。痛い。俺の頭に当たったものを拾って見てみた。
色がついた石(石とはまた質感が違うがあえて石と言おう)だった。
俺も小学校のころはよくこれをプールに落として宝探しゲームをやったなぁ・・・
ん・・・?
色のついた石・・・水・・・
これだ!!
俺は一気に閃いた。
俺はまず河原に行き石をたくさん拾い、その石に色を塗っていった。
そして、その色を塗った石を美術館の中庭のあの池に落としていった。
そうしているうちに三週間がたってしまった。
「今日は真にこの美術館に来てくださってありがとうございます!
本日は皆様に見ていただきたいとっておきのものがあります。では、ご覧ください!」
中庭が一望できるバルコニーに客達を案内するスタッフ。
客達は皆、“水に佇む女神の姿”に歓声の声をあげた。
俺は、色のついた石を池に落とし、石で絵を・・・女神を描いたのだ。
最後の最後まで微修正が大変だったけど、間に合ってよかった。
その数日後には美術系雑誌に俺の描いた女神のことが載っていた。
それから俺は世界に名をとどろく芸術家になった。
俺の人生はあの“噂”を聞いてから変わったのだ。
******
「これが彼の結末・・・だね」
「朱辿…この人がこんなに有名になるんだったら
あのカードをもうちょっと高値で売っておけばよかったのに…付けにしてもらって…」
しばらく沈黙が続く。
「過ぎたことはしょうがないよヴァル」
自分を納得させるように言う朱辿。
チリン・・・
鈴の音が鳴り響いた。
「ほら、ヴァル。次のお客さんだよ」
ヴァルムはコクンと頷き茶菓子を持ってくるべくその場を立ち去った。
「あの・・・一体、ここは?」
戸惑いながら朱辿に尋ねる少女に朱辿は笑みを作って一言、言った。
「ようこそ、占いの館『フォリング』へ――・・・」
『絵描きの話』 END