悪夢の中、私は一人きり。
ううん。最初から夢なんて見てないのかもしれない。
だって、私には”夢”なんてたいそれたものなんて持ってない。
それを気づかされたのは、昨日のこと。
高校受験のために、作文を書かされた日のこと。
作文のお題は『将来の夢について』だった。
大抵の女の子は、お嫁さんだとか書いている。
私もお嫁さんと書きたいところだが、生憎私は結婚するつもりなんて更々ない。
だから、仕事して円滑な家庭を築く。なんてことも書けない。
私にはこの職業に就きたいというものもない。
自分の力量と世間は甘くないっていうことをよく知ってるつもりだから。
”夢”なんてこの作文が出るまで考えたことなんてなかった。
よくよくそれを考えてみると、私には”夢”なんてものがないことに気づいたのだ。
そして、私は普通の夢でさえ、見てないことにも気づいてしまった。
悪夢の話
「ちょっと、大丈夫?」
「あ・・・うん」
原稿用紙を見ながら思考の淵に陥っていた私に友人が話しかけてくれた。
「書き直しになったぐらいで、そんなに落ち込まなくても…」
あの日、私は白紙で提出してしまい、今日の国語の時間に国語の先生から書き直しを言い渡された。
期限は一週間。
「落ち込んではないけど。ただ、何を書いていいのかわからないだけで」
「そんなの、あること無いこと書いちゃえばいいのよ」
「・・・例えば?」
「そうねぇ、私の場合はねー大企業の社長さんと結婚して玉の輿!って書いたわよ」
「またそれは突飛な・・・」
「まぁ、気楽に書いちゃえばいいのよ。こんなの」
「うん。あ、ねぇ」
「ん?」
「それって、本当に自分の夢?」
「うん。お金持ちになりたいっていうのは本当だよ。あ、でも出来れば私、保育士になりたいなー」
あぁ、やっぱり。
それが本音なんじゃん。
ちゃんと、自分の夢があるじゃないか。
「私…そういう、なになにになりたい、とか無いんだよね…」
「大抵の人はそうじゃないの?夢があったって、それを叶えられる人なんてごく僅かだしさー
きっと、夢が無いんじゃなくて、諦めちゃってるんじゃないのかなーって思うけど」
友人のこの言葉は私の心の奥底に響いた・・・ような気がした
「・・・・・・・」
「・・・ねぇ、アンタ、本当に無いの?お嫁さんになりたいとか」
「なる気ない」
「あ、そう」
私は再び、原稿用紙に目を向けた。
すると、友人は何かを思いついたように笑顔で私の机の真ん前に行き、私の顔を覗くように見た。
「ねえ」
友人の悪戯めいた笑顔が視界一杯に広がる。
「そんなに悩んでるんだったら、いいこと教えてあげようか」
午前4時にK番地に行くと普段は赤いポストのハズなのに黒くなっていてそこのポストに悩みを書いて入れると、悩みが解決する。
と、友人から教えられて、私は今その噂のK番地にへと赴いている。
時刻は午前4時。
私の目の前には噂通りの黒いポスト。
なんだか縁起悪い。
恐る恐る、震える手で私は手紙をポストの中に押し込んだ。
そして、逃げるように立ち去った。
冷気が身体にまとわりついて、まだ残暑の残る9月だというのに鳥肌が立つぐらいに寒かった。
******
机の上に肩肘をついて、手紙を読んでいる黒に近い焦げ茶の髪をした少年が
手紙を読み終えるなり、感嘆の声をあげた。
「へぇ・・・」
「・・・朱辿、どうしたの・・・?」
少年…朱辿に話しかける金髪の少年。
「とっても興味深い依頼が来たんだよ、ヴァルム」
手紙をしげしげと眺めながら愉快そうに口元を歪める朱辿。
「さて、すぐにでも招待状をださなきゃね」
金髪の少年、ヴァルムに瞳を向けて意味ありげに微笑んだ。
******
あの後、私は急いで家に帰って、いつも通りの時間に朝食を食べて、いつも通りに学校へ行こうとした。
だけど、私が朝ごはんのトーストをかじっているときに、お母さんが新聞片手に私に話しかけてきた。
「ねぇ、こんなものがアナタ当てに来てたけど…」
新聞に挟まっていた手紙、いや、それは所謂招待状というものを私に手渡した。
私は食事の手を止めてその招待状を眺めてみた。
『悩める子羊よ、我が屋敷に案内しよう。さぁ扉をくぐってコチラへ――…』
手紙にはそう、書いてあった。
「何かの懸賞でもやったの?」
「ううん。そんなのやってないけど・・・」
最後の一口を口に放り投げ、私は朝食を食べ終わると、その招待状を持って自室へと行った。
自分の部屋のドアを開けて、中へ入ろうとした。
「ようこそ、迷える子羊よ。占いの館『フォリング』へ」
黒に近い濃い焦げ茶の髪をした少年がテーブルの上に両肘をついて、顎を乗せながら、そう言った。
私は、自分の身に起きた出来事に理解できなくて、辺りをキョロキョロと見渡す。
見知った自分の部屋かと思いきや、そこは見知らぬ、独特の雰囲気をたたえた部屋で・・・
どこにも、私の部屋との共通点などない。
全体的に暗い部屋。落ち着かない。蝋燭に灯る火がやけに明るい。不思議な部屋。
そして・・・不思議な男の子。
蝋燭の火に照らされて、少年の瞳が妖しく光る。
「座れば?」
さっきまで、微動だにせず、私を見ていたらしい彼が形のいい唇が動いて、言葉を発した。
私はおずおすと足を動かして、少年の目の前にある椅子に座った。
そして、俯いた。
色々と疑問が頭の中で湧いてくる。
ここは何処?
君は誰?
といった、辺り障りないことばかりが思いつくだけだったので、何となくそれらを口にだすことはためらわれた。
「君、悩みがあってポストに出しただろう?悩みを言ってごらん」
優しい口調で言われたことに思わずふいていた顔をあげて、彼を凝視した。
あの噂は本当だったんだ。
そう思ったら口が勝手に動いて、彼に自分の悩みを話していた。
「・・・私には夢がないの将来の夢とかもそうだけど、普通の夢さえも見ないの。ないの、夢が」
「夢、ねぇ・・・」
彼はそうポツリと言うと、蝋燭を一本持ってテーブルへ落とした。
すると、テーブルはありえないぐらいに燃えて、ゴオっという凄い音とともに火柱が立った。
火柱の中に、何かが見えた。
「見えた?」
「え?」
少年は何時の間にか私の横に移動していた。
さっき、炎の中で見た何かをこの人も見たのだろうか。
「見えたなら、それを取って。早くしないと火が消えちゃう」
何を言ってるんだろうかこの人は。
火が消える前に幻影を掴めと?
「大丈夫、熱くないよ。・・・たぶん」
多分かよ。
いまいち、信用がない。
でも、何故か腕は、手は動いていて。
絶対、熱いに決まってる。大火傷するに決まっている。そう心の中で叫んでいるのに、手はとうとう、火柱へと近づいていて・・・
何かを掴んだ。
「早く、引き抜いて!」
少年の叫び声と同時に思いっきり引き抜いた。
同時に、火柱も治まる。
少し、手のひらが熱い。
私が火柱から引き抜いた物を少年が私の手の中から回収した。
「これで、もう大丈夫だ」
何を言われているのかわからないので、少年を見上げる。
少年は私が火柱から引き抜いた物・・・古びたランプを見つめながら言う。
「夢は取り戻したよ」
少年がランプから私へと目を向けると微笑んだ。
それから私は少年が呼んだ金髪の男の子に連れられて、この部屋を出て、廊下を歩き、廊下の先にある扉をくぐった。
何が、大丈夫なのだろう。
夢は取り戻した?
本当に?
本当に、私の悩みはあれで解決できたのだろうか。
扉をくぐりながら私はそんなことを思っていた。
バタンと扉が閉じる音がしたと思うと、そこは私の部屋だった。
自室に戻ってきたことを実感するなり、私は急いで身なりを整えて学校へと向かった。
午後の授業では強烈な眠気に襲われて、眠りこけてしまった。
そこで私は夢を見た。
とても、とても懐かしい夢を。
私の幼少時の夢。まるで、タイムスリップしてしまったかのように思えるほど現実的で…
夢の中の私は「将来の夢」を題材にした絵を画用紙に描いていた。
へたくそな絵。
だけど、それは私が何よりも欲しかったものでもあった。
あの少年が言っていたように、私は夢を取り戻したのだ。
******
黒に近い茶の髪を持つ少年、朱辿が一心不乱に古びたランプの掃除をしていた。
「朱辿、それが例の…?」
掃除をしている朱辿に金髪の少年、ヴァルムが話しかける。
「うん。人間界に落ちてしまった大事な神界の宝だよ」
「ふ〜ん…」
掃除が終わったのか、コトリと机の上にランプを置き、朱辿は姿見の鏡の前まで移動した。
鏡の方へ移動した朱辿を見やったヴァルムは好奇心でランプに火を灯そうとしてみた。
だが、火は点かない。
「よかった。ちゃんと夢は取り戻せたみたいだね」
朱辿が鏡を見ながらそんなことを呟く。
「…ねぇ、朱辿」
「ん?」
「このランプ火が点かないんだけど…」
「あぁ。それね」
朱辿は苦笑をもらすと、また先ほど座っていた椅子に腰をかけて、ランプをヴァルムの手から
受け取り、少し弄りながら話をした。
「このランプはね、人の夢を燃料にして火が点くんだよ」
「夢を吸い取っちゃうってこと…?」
「そう。だからあの娘は夢が無かったわけ」
朱辿の手にあるランプをまじまじと見つめるヴァルム。
このランプに興味津々なヴァルムを見てクスッと声を漏らす。
「人の夢を燃料にして灯す火はすっごく綺麗なんだよ。
あの娘の夢だけじゃまだまだ足りないから灯すことはできないけど…
そうだね、ボクもこのランプの火が見たくなってきたよ」
「…何するの?朱辿」
「ふふふ。夢を集めるためにカフェをやるのさ!」
「カフェ…?」
「そう。カフェなら色んな人が集まってくるからね。お店の名前どうしようかなー
そうだ、夢を提供する夢の味。”夢味堂”なんていうのはどう?」
「お店の名前はそれでいいとして…夢を奪うのに提供するの…?」
「夢を与えて奪うのさ♪」
「・・・・・・・・・・・・朱辿らしい…」
朱辿は軽い足取りで席を立ち、扉へと向かった。
「さーて、お手伝いさんはどの世界のどの子にしようかなー♪」
かくして、ランプの燃料確保のための喫茶店”夢味堂”の開店はこうして始まったのだった。
END