Auction 〜オークション〜
世界が崩れていく。
自分の知っていて世界が崩れていく。
アリストテレスもヘミングウェイもシェイクスピアも、この世界には存在しない。
ボクの知っている世界はどこにもない。
なら、今、ボクがいる世界はどこなんだろう…
この世界では、不自然なくらいに平和という言葉を掲げ、犯罪、殺人、戦争というものには無縁のように感じさせる世界。
それなのに、ボクは戦争というものをどういうものか知ってるし、殺人というものも知っている。
そう…知っているんだ。
・ ・
ボクは覚えていないのに…
記憶の奥底にその影がちらつく。
君は…誰……?
目蓋を開けるとそこは白い天井。
自分達が泊まっていた宿の天井ではないことだけはわかった。
楓は、自然と思ったことを口に出した。
「・・・・・・・・・・・・・・ここどこ?」
か細い声でそう言った後、楓はゆるゆると身を起こした。
自分の着ている服のすれた音がする。
身に覚えの無い服すれの音と感触に違和感を感じ、着ているものを見てみた。
「な、ななななななな何コレ!?」
着ている服装を見て、楓の頭はショート寸前になる。
それは、ゴシック系の黒いドレスだった。
所謂、ゴスロリ調の服。
少々、パニックに陥っていた楓を、笑い声がそれを止めた。
「キミ、誰?」
楓の目の前にいる ―多分、楓が目が覚める前から居たのだろう― 少女に問いを投げる。
すると、少女は声を発するのを止めて、おもむろに楓の方へ近づき
そのまま、押し倒した。
「ふぇ!?」
あまりの出来事になし崩しにベッドにとまた寝かされたしまう楓。
すぐさま、起き上がろうとするが楓の上に少女が馬乗りしてきたので、起きようにも起きれない。
少女は楓のことを、じっと見つめている。
楓は知らない人にしかも女の子に押し倒され、少し動揺し、不安げに少女を見つめる。
「・・・・・・・・やっぱ、絵になるわ」
やっと、少女の口から言葉が発せられたかと思ったら、こんなことを言われ、思わず楓は目が点になってしまう。
少女は楓の上から降りて、ぶつぶつと何かを言っている。
「黒もいいけど、白いのもいいかも。あっ!瞳の色と合わせて青もありかも!」
この少女が何の事を言っているのか、大体、察してしまった楓は嫌な汗を覚えた。
楓が声をかけようとすると、いきなり少女がコチラに振り向いてきた。
目が、合う。
「私、ミーシア・レストロン。ミシャって呼んで」
「あ、ボクは・・・」
自分の名前を口に出そうとすると、ミーシアは楓の口元に自分の人差し指をつけた。
視線を、人差し指から徐々にミーシアへと映す。
ミーシアはニッコリ微笑みながら、楓に告げる。
「あなたは今日からルナよ」
「!?ルナ?違うよ、僕は…!」
「あなたは今日からルナなの!」
楓に最後まで言葉を発することを許さずにミーシアはピシャリと先ほどと同じことを言う。
意味がわからなくて、ミーシアを見つめる。
ミーシアは両手で優しく、壊れ物を扱うように楓の頬を包んだ。
「あなたは今日からルナ。わたしのお人形さん」
何を言っているのか、分からなかった。
意味を理解するには、あまりにも情報が少なさ過ぎた。
楓が意識を失ったのは、あの闘技場でのことだ。
目が覚めたらここにいたのだ。
目が覚める間に何が起こったのかは楓は知らない。
「アナタ、何も知らないって顔してるわね。アナタ、売られたの」
楓は、一瞬頭が真っ白になった。
―…売られた?誰に?
その時、楓の脳裏に輪達の顔が浮かんだが、そんなはずはない。と残像を振り払うのかのように頭を振った。
「ルナのお母さんがわたしのパパ、プラズリー・レストロンに売り渡したのよ」
楓は輪達が自分を売ったのではないと知りホッと安堵したが、“お母さん”という単語に眉をしかめた。
「メア・ロデウス?」
もはや、母とは呼びたくない存在だ。
「そう、その人」
ミーシアは楓が発した名前に肯定の意を唱えた。
ミーシアから、更なる真実が語れる。
「三週間前からかな?その人からオークションに出す品としてルナの顔写真が送られてきたの。
オークション、三日前に商品を貰うという契約してたんだけど
エンゲツの森の小汚い小屋にルナが居なくて最初は騙されたかと思ったってパパが言ってたわ」
クツクツと再び声を震わす。
メアはオークションに楓を商品として初めにプラズリーへと売り、その後に黒蝶と出会い
黒蝶の方が支払金が多いことに気づき、黒蝶とも契約を結んだということを容易に想像できた。
オークションのプラズリーとの契約はメアにとっては結局はどうでもよかったのだ。
黒蝶とは楓の居場所を教えるという情報提供だけで大金が手に入ったのだから。
オークションの入金は運がよければ入る。
黒蝶が楓の捕獲を失敗して、あの小屋に楓がそのまま居ればプラズリーが引き取りに来れば、の話だが。
その一種、賭け事のような勝負はメアが勝った。
そして、偶然と言ってもいいほどに、覚えは無いがどうやら再びあの小屋へと行っていた楓が現れ、プラズリーに捕まったのだ。
なんとも、自分の運の無さに吐き気がするが、メアの果てしない欲望に目眩を感じてしまう。
綺麗に整備された道路や家。
その反対側には煙突から蒸気や煙が吐き出している一角がある。
リューフェンスシティ。この街にスザナが働いている工場があるのだ。
輪とショロトルは、他の工場より一回り小さい工場の中へと入っていった。
「おーい!スザナ!来たぞ!」
輪は声を張り上げる。
返事がない。
しばし、待ってからもう一度、声を張り上げようと息を吸い込んだら
ドドドドドド…と何かが走りよる音が聞こえた。
居住区へと繋がる扉が勢いよく開かれたと思うと
「ちょっと、あんた達!このぐらいの子供見なかった!?」
いきなりこんなことを言われ、会話についていけない輪達のリアクションは薄いものだった。
ただ、輪に言えたことは
「頼むから、服を着てくれ・・・」
だった。
スザナの格好はまさに、今起きましたといわんばかりの、寝起き姿で。
カーディガン一枚という中々にハレンチな格好なのである。
『スザナ…何のことだ?』
「あぁ、そっか…昨日、林の中で血で濡れた白い服を着た10歳くらいの子をあたいが拾ったんだけど」
「…また変なものを拾ってきたのかよ。って、今度は人かよ!人攫いもいいとこじゃねぇか!」
「髪は銀っていうより、灰色っぽい感じで〜それがもぅ、可愛いのなんのって!」
輪のツッコミも虚しく、スザナはその子供の話に華を咲かせている。
『…ちょっと待て。おい、輪。スザナの話を聞いていると、とある人物が浮かんで来るんだが』
「奇遇だな。オレもだ」
まさか、そんな事があるはずがないと思い、口元を引きつらせる。
しかし、輪の視界に白いものが映った気がした。
それが嫌に気になって顔をそちらへ向けると
彼らが想像していた人物が物陰にひっそりと隠れて、口元に人差し指をつけて「シーッ」とやっていた。
「っ!!!」
輪は物陰に隠れている人物、それは先日、闘技場で闘いあった不死の者、ディラ・シャンリィを
穴が開くほど見つめ、口をパクパクとしている。
「朝、起きたらその子がいなくなっててさー
あの子が逃げないように中からはどの扉も開かないようにセキュリティシステムを発動させてあるから
外には行ってないはずなんだけど」
頬に片手を当て、心配そうに顔を歪める。
『なんかもう、それ、犯罪の粋を行っているぞ』
所謂、監禁というやつに近いことをスザナは平気な顔で言っている。
「まったく、どこに行っちゃったのかしら…まだ、何もやってないのに・・・・・・・・輪、アンタ何処見てんの?」
輪の視線に気づいたスザナは輪の視線を追った。
輪は素早くディラを隠すように身体をずらした。
「な、何でもない!ゴキブリが居ただけだからさ!!」
自分でも、なんでディラなんかを庇っているのかわからないが、思わずそう言葉を吐いていた。
ただ、輪にわかることはスザナにディラを渡したら、何だか道徳的に大変になりそうということだけだ。
「ゴキブリーィ?アンタ、そんなの苦手なの?まったくだらしない。どれ、ちょっとあたいが退治してあげるわ!」
スザナの意識を遠ざけるどころか、ますます、向上させてしまったようだ。
スザナはいきこんで、側にあった鉄パイプを片手にコチラへと向かってくる。
輪は「あちゃー」と言わんばかりに額に手を当てた。
「あー!!こんな所に居たの、ディラ!」
「んの、役立たずめが」
そのスザナの叫び声でディラが見つかってしまったというこを知る。
スザナがディラを見つけるなり鉄パイプを放り投げ、ディラをその豊かな胸で抱き寄せる。
ボソリとディラが呟いた言葉は輪に届いていて、輪は一言何か言ってやろうと口を開くが
先ほどスザナが投げた鉄パイプが弧を描いて輪の頭上へと落ちてきてしまった。
ゴイン、と鈍い音がする。
『…一応、言っとくが、大丈夫か?』
「大丈夫・・・なわけあるかっ!!」
輪の頭からは大きなタンコブができている。
かなり、痛そうだ。
「あーもう!おい!スザナ!スカイバギーはどうなったんだよ!!?」
今までディラをギュウギュウと抱きしめていたスザナがピタリと動きをやめて
にんまりと笑顔を向ける。
「どうなったか、知りたい?」
「出来たんじゃなかったのかよ」
「もっちろん!この天才スザナ様を誰だと思ってるの」
誰だと思ってる、と言う以前に自分で名を言ってちゃあしょうがない。
スザナはディラを腕から放し、てこてこと仕事場の隅に布をかけられてある物の所まで歩いていった。
スザナから解放されたディラは新鮮な空気を取り入れている。
「じゃ、じゃーん!これよ!名づけて、“ディスパイズ”!!」
スカイバギーにかかっている布をバサァと音がするほど軽快に取り外す。
太陽の光を浴びて、スカイバギーの外装が鈍い色を放つ。
ちなみに、ディスパイズを和訳すると、見下すという意味になる。
「スザナ、これ今から貰ってもいいか」
「いいけど〜?何?何か急ぎの用なの?」
「ああ」
「…先ほどから疑問に思っていたんだが、月桂はどうした」
今まで傍観していたディラが口を開いた。
「・・・それを今から捜しに行くんだ」
「仲間われ・・・か?」
『・・・・・・』
辛気臭い雰囲気が漂う中で、一人、我が道を行き過ぎているスザナが話しに加わる。
「月桂ってあれよね?黒蝶のゼロ部隊の・・・」
「は!?何だソレ?初耳だぞ」
「あれー?知らなかったっけ?
確か今だともう10年前くらいかな?にゼロ部隊が出来て、その部隊の紅の月桂って言われてるのが
任務成功率100%なんだ〜って昔、お客さんから聞いたことあるんだけど」
『…ということは、やはり楓は黒蝶と関わりがあったのか』
「関わり…というか、もうどっぷりと浸かってんなこりゃ」
「楓って誰よ?もしや、輪のコレ?」
小指を突き出して見せるスザナ。
楓と月桂が同一人物だということには気づいていないようだ。
「ちっげーよ。オレ達の仲間だよ」
「あぁ。だから、運転席とは別に二人分のシートを付けてくれって言ったのか」
「つーか、アイツ男だから、恋人とかありえないから」
「え?そうなの?女の子だったら、略奪愛できたのに。チッ残念」
「オイッ」
本当に、スザナの性癖はわからない。
というか、恐ろしいものがある。
と、思いながら輪は裏拳でツッコミを音がしそうなほどにツッコんだ。
「で、その子迎えに行くんだ?」
「そうだよ」
「ふ〜ん。どんな子?」
「あ?どんな子って・・・オレより背が低くて・・・・・・」
『髪は銀髪』
「瞳は普段は澄んだ青だな」
「左耳にプレートピアスを2個つけて・・・」
『顔立ちは100人に聞いたら大体の100人が美人と答えるぐらいの美人だ』
「あんな美人、そうそういないな。男だが」
「そうそう、んで、なんか抜けてる、っつーか天然入っちゃってる・・・・・って何でこんなこと言わなきゃいけないんだよ!!」
順番に輪、ショロトル、ディラと楓の特徴を述べていったが、最後には輪が正気に戻って、叫んだ。
今すぐにでも楓を捜しに行かなければいけないのに、何が悲しくてこんなことを言わなければならないのだ。
三人の楓についての情報を聞いたスザナはしばし考えてから言った。
「なんだか、あんた達の話し聞いてると、月桂の特徴と一致するわね。瞳の色はともかく」
「楓が月桂だからな」
「ええぇ!!?だって、月桂の瞳は深紅だって聞いたわよ!?」
『輪と同じ体質らしくてな。覚醒すると瞳が深紅になるんだ』
「は〜ぁん。そうだったの」
輪とショロトルの説明にふむふむと頷くスザナ。
「で、迎えに行くんだったわね。今、シャッター開けるから待ってて。その間にエンジン温めておきなさい」
そう言うと、セキュリティシステムを解除するべく、スザナはコントロール室へと行ってしまった。
輪はスザナに言われたとおり、ディスパイズにさしっぱなしの鍵を回し、エンジンをつける。
スカイバギー特有のエンジン音が鳴り響く。
輪は運転席にとまたがり、画面を指で押し、スカイバギーの取扱説明書や操縦説明書などをザッと読む。
説明書を読んでいる時に、ズシリと機体が揺れた。
何だ、と思って左を見てみると二人分のシートがついている所には、ショロトルともう一人、ディラが乗っていた。
「まだ、ショロトルが乗るっていうのはわかるけど、なんでお前まで乗ってんだよ!!」
『そうだ。お前には関係ない。降りろ』
先日、あんなことがあったので、ショロトルとしてはディラと一緒にはいたくないのだ。
出来れば、離れたい。
「別にいいだろう。我もこういうものに一度でいいから乗ってみたかったんだ」
「・・・男のロマンか・・・・・・」
輪はしょうがねぇ、今回だけだぞ。と言わんばかりにそれだけ言うとまた説明書を黙々と読み出した。
そんな輪に驚いたのはショロトルだ。
『そんな理由だけでいいのかっ!!?』
ショロトルの講義はシャッターが上がる音に虚しく掻き消されてしまった。
スザナからの放送が入る。
「あい、シャッター開くよー!準備はいい?」
ブゥン…とエンジンが唸る。
輪はゴーグルをして、シャッターが完全に開ききると同時にディスパイズを走り出した。
ディスパイズは工場を出て、リューフェンスシティの市街地に出る。
時速60kを超えると、ディスパイズの車輪の両脇についている板から磁力が発する。
すると、徐々にだが機体が宙に浮く。
慣性の法則で、機体はそのまま道路を滑るように走っていく。
輪は機体が宙に浮いたことを確認すると、ボタンを操作して二つの車輪をディスパイズへと取り込み
車輪をなくしエンジンを走行モードからスカイモードへと切り替える。
2メートルぐらいしか離れていなかったディスパイズが
スカイモードへとエンジンチェンジすると一気に上昇し50mの空域へと飛翔し、そのまま空を駆け抜けた。
目指すは、エンゲツの森。
混雑している地上よりも、やはり空中からの道の方が早くエンゲツの森へとついた。
道が整備されていない森の中は飛行できないので、森の中では走行モードで走っていた輪は
森の中にある小さな小屋が見えるとディスパイズを止めた。
「静かだな」
ディスパイズから早速降りたディラがキョロキョロと辺りを見回しながら小屋へと向かって行った。
ショロトルも軽やかに地面へと降りるとクンクンと鼻を鳴らした。
「どうだ?ショロトル?」
『…微かだが、匂いが残っている』
「そうか…じゃあ、やっぱし月桂はここに来てたんだな」
そう輪が言うと同時に、小屋の中を見ていたディラが小屋から出てきて輪達に告げた。
「もぬけの空だ。争った形跡もないし、人が住んでいたという形跡もない」
「って、ことはここに来てからどっかに移動したってことか…」
『もしくは、連れ去られたか…だな』
「どういうことだよ?」
『複数の匂いが混ざっている』
「黒蝶か…?」
ショロトルの言葉に顔をしかめる輪。
輪とショロトルが喋っている間にディラは何か光る物を見付けてそれを拾い上げた。
「おい。こんな物が落ちていたぞ」
「それ…!」
『楓のだな』
ディラが見つけた物は楓が持っていた、あの鍵だった。
輪とショロトルはディラに近づいて、マジマジとその鍵を見つめる。
その鍵が落ちていた、ということはやはり、楓は連れ去られたと考えるのが妥当である。
突然、輪の携帯電話が鳴った。
輪は鬱陶しそうに通話ボタンを押す。
「もしもし」
「あ、輪?あたいだけどさー」
独特な一人称はスザナしかいない。
「なんだよ」
「あのさー楓君って言ったっけ?今、迎えに行ってる子」
「もう、行った」
「会えた?」
「・・・・・・・」
「ふ〜ん。会えなかったんだぁ」
「茶化しにかけたのかよ」
「いんや。ね、その楓って子、確か、髪は銀髪で瞳は青ですごい美人なんだよね」
「そうだけど」
ぶっきらぼうに言う輪。
輪は用件を中々言わないスザナに少々、苛ついてきた。
こんなことをしている場合ではないのに、一体、何のようなんだ。
「う〜ん、その容姿条件がピッタリと当てはまる子を見つけちゃったんだけど」
「はあぁ!!?」
想いもよらないことを電話越しのスザナの口から聞いて輪は驚きの声をあげた。
「え!?それって、どこで!?」
そして、またしてもスザナの口から想いも寄らぬ、とんでもない言葉を聞くとは誰が想像できただろう。
スザナは受話器を持って、パソコン画面を見つめ、ポツリと電話の向こう側にいる相手へと告げた。
「闇オークション」
******
スザナから連絡があった後、すぐさま、嫌がるディラを無理矢理ディスパイズに乗せてスザナの工場へと向かった輪達。
戻った後、スザナの凄まじい抱擁を受け―――なんだかバキバキという嫌な音が聞こえた―――さらには首輪まで
つけられてしまったディラに同情しつつ、スザナから裏オークションについての詳しい情報を伺った。
「っていうか、なんでお前がこんなとこ知ってるんだよ」
輪の言葉にはごもっともである。
『まさか、スザナ・・・お前もここで何かを買ってるんじゃ・・・・・」
「ばかね!あたいがそんなことする女に見える?」
「『見える』」
声をはもらせる輪とショロトル。すると、スザナは心外だ!と、言わんばかりの不機嫌な顔をした。
「正攻法じゃ中々手に入らないものが出てくるから時々チェックしてるのよ。
材料とか部品、工具とかを買うためにね。目玉商品は目の保養になるからそっちも見てるけど
だからと言って手を出したりとかはしてないわよー!」
少し、怒りながら手元のマウスを操作して例の闇オークションのホームページへと飛ぶ。
ここのホームページはパスワード製になっているため
限られた人しか来れないようになっている。
中に入ると、トップに明後日行われるオークションの商品が並べられていた。
そこからスクロールを一気に下へ持っていくと
今回の目玉商品と大きいフォントで強調された所には
美しい磁器や、宝石、珍しい色をした動物などの写真が掲載されていた。
そして、その中に黒いゴシック調のドレスを着せられ
周りに薔薇を撒かれたベッドに横たわる楓の写真があった。
どうしてこんな格好をしているのか、と不思議に思ったが、似合いすぎていたため
そんなことはすぐにどうでもよくなってしまった。
『間違いない。楓だ』
「ああ」
「へぇーこの子が例の楓ちゃんねー綺麗〜・・・・・・・じゅるり」
「・・・」
『・・・』
楓の写真を見つめていたスザナが涎を拭う。それを無言で、やや引き気味に見つめる輪とショロトル。
「おっといけない。涎が」
なんだか、今の状況より、楓を助け出した後の方が大変になりそうだな・・・と思わずにはいられなかった。
「で、これはいつやるんだ?」
「明後日よ。場所はミンズシティのG−12番地、オーケストラ会場ね」
『地下都市ミンズ、この国で一番暗く、光が絶えない眠らない街・・・か。いかにもって場所だな』
ミンズシティがある地表はもろく、地表の上では建物が建てられないため、地下に街を作ったのだ。
地下に作っているため、街は暗いが、ネオンの光があちらこちらから漏れているため光が絶えたためしがなく
人の出入りも朝夜関係なく激しい。故に眠らない街なのだ。
大地をくり抜いて建物を作っている―――もちろん補修はしてある―――ので
地表の土が降ってくるという心配はあまりないそこは巨大なアリの巣のようになっている。
そんな場所で闇オークションが開催されるようだ。
「会場がわかったところで、いいかしら?」
スザナが勿体つけるような言い方で輪達に問う。
そんなスザナを怪しげに見つめる輪とショロトル。
「実はね、あんた達に仕事が入ってたのよ」
「は?」
こんなときに仕事?と輪は顔をしかめたが、スザナはおかまいなしに話しを続ける。
「この闇オークション、治安部隊に通報するわ」
「はあぁ!!?」
治安部隊とは、国の取り締まりを行う機関のことだ。
仕事柄、そんな連中とは鉢合わせしたくないのである。
実のところ本能的に毛嫌いしている、というのが正しいのだが。
それもそのはず、治安部というのは黒蝶の一部なのだ。
それ故に治安部のマークのデザインは黒い蝶になっている。
「ばっかねー治安部の騒動に紛れて楓ちゃんを奪還すればいいじゃないのー」
『それは、いいとして、どうして治安部を呼ぼうと思ったのだ?まさか、騒動に扮するための演出だけとは言わないだろう』
「さっすが!物分りがいいわね、ワンちゃん」
『私は狼だ」
「さっき仕事が来てるって言ったでしょ?それに関連があるのよ」
「勿体つけてないでさっさと言えよ」
「その仕事の内容っていうのが犯罪者輸送機に発信機をつけてくれっていうものなのよ」
「なんだそのわけのわからん仕事の内容は。いったいどこのどいつが依頼してきたんだ?」
「銀影」
思わぬところで再びその組織の名を聞いた輪は、ソロンニエの都市部の二人組みの姿を思い出していた。
あの二人はトバルシティの大会が終わった後、一度本部と連絡を取ると言って去ってしまっていた。
輪達が万屋をしていることは向こうも知っている。
輪はもしやアイツらがこの依頼を・・・?と思わずにいられなかった。
しかし、輸送機なんかに発信機なんかをつける意図が掴めない。
「でもよ、どうして発信機なんか・・・?」
「あんた達、犯罪者がどこに行くか知ってる?」
『刑務所だろ』
「そう。刑務所。だけど、その場所は知ってるかしら」
言われてみれば、刑務所というところへ犯罪者は連れて行かれる、ということしか知らないのに気付く。
刑務所の場所なんてどこにあるのかさえ皆目検討もつかない。
「皆、刑務所の場所を知らない。そこに目をつけたのでしょうねー」
『・・・確かに、怪しいな』
こんな些細なところにも政府の手が回っていたのか、と愕然となる。
「上等だ。その仕事、乗ってやる」
「そう言うと思ったわ。ま、楓ちゃん奪還ついでにちゃっちゃっと終わらせてきなさいな」
******
どうやら数学の問題集のようだ。
そういえば、いつも彼女はこの屋敷にいるような気がする。
その疑問を楓はすぐさまミーシアに問いかけた。
「ミシャはいつもこの屋敷にいるけど学校とかには行かないの?」
「学校なんて陳腐なところに行かなくてもお家で十分よ」
前に王宮図書館で読んだ法律関係の本に学業についての法律が載っていたことを思い出した。
六歳から十六歳まで義務教育であるが、必ずしも学校に行かなくてはならないというわけではないようだ。
学生の学習時間である、社会人と同じ八時間の勉学をしたかどうか
年に3回のテストを受けたかどうかを申請すれば
わざわざ学校に行かずとも家で学業に専念できるのだ。
この場合、申請するのは生徒側ではなく教える方の教師側になる。
家での学習は専ら、家庭教師か、通信講座のどちらかのようだ。
ミーシアの場合は家庭教師らしい。
ときどき、この部屋に出入りしている女性を見かける。
「・・・ボクが教えてあげようか?」
さっきから、応用問題のところで一人でうんうん唸っているミーシアを見かねた楓が声をかけた。
「・・・わかるの?」
「一般的な知識はあるから大丈夫だよ」
楓はにこりと笑ってミーシアの横に座った。
その際、楓はドレスの裾をふわりとあげて、足に絡ませないようにした。
今日も楓はドレスを着させられていた。
今回のドレスは白を基調にしたもので、やはりゴシック調であった。
「え・・・とね、ここの一文で一つの公式、つまりはXの式になって、後ろにある文がYの式になって・・・あとは、分かるよね?」
「なるほどー…あ、ねぇねぇルナ!この回答あってるかどうか見てくれない?間違ってたら教えて?」
「うん。いいよ」
ミーシアから手渡されたプリントを受け取り、それらに目を通す楓。
その間にも小気味いい鉛筆の音が部屋に響いている。
プリントに目を通しながら楓は問題を必死に解いているミーシアの様子を伺った。
ミーシアは見た目からして12歳くらいだろうか。
そういえば、六歳から十二歳までは基本的な一般知識と一般常識を教えられ
十三歳から十六歳までの四年間は適性検査に基づいて
自分の進みたい道へ専門的な知識を学ぶというシステムになっていたな
と楓は法律の本に書いてあったことを思い出した。
「ミシャは・・・十二歳くらいに見えるけど、将来は何になりたいの?」
「レディに年を聞くのはマナー違反よ」
ムスッとした顔をあげてミーシアがそう言った。
だが、すぐに楓の問いかけにミーシアは答えてくれた。
「私、パパと同じ、貿易の仕事につきたいの」
「貿易・・・?」
「そうよ。だって、パパはいっつも珍しいものを持ってきてくれるじゃない?
世界にはまだまだそういった綺麗なものや珍しいものがあるのよ。
私はそれを見てみたいし、触れてみたいし、皆にも見てほしいの。だから、私はパパと一緒の仕事がしたいのよ」
キラキラと瞳を輝かせながらミーシアは楓にそう綴る。
どうやら、あの男はミーシアに貿易の仕事をしていると話しているようだ。
だが実際にやっていることはどうだろうか。
貿易とは程遠い、人身売買ではないか。
「どうしたの?顔色悪いけど、大丈夫?」
ミーシアが楓の顔を覗き込んでそう訊ねた。
自分の父親が犯罪に手を染めているということを知らない事実に楓は知らず知らずのちに顔を曇らせていたようだ。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがと」
楓はこれ以上ミーシアに心配かけまいと笑顔を向けた。
ミーシアは少し頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。
「べ、別にルナを心配してたわけじゃないわ」
照れ隠しなのだろう。
そう思うと、思わず笑みが零れてきて、またくすり、と笑ってしまった。
「どうせ、具合が悪くなったって三日後には死んじゃうんだから心配するだけ損よ」
「え?」
今、なんだかすっごく物騒なことを聞いた気がする。
もしかしたら、このままいいように玩具にされて殺されてしまうのではなかろうか、という嫌な想像が脳裏を過ぎる。
ミーシアは席を立ち、とことこと窓辺に近づいて庭を見ると、物思い気に呟いた。
「みんな、三日後にはいなくなっちゃうの。ルナも、いなくなっちゃった。
パパはママみたくに土に帰ったんだよ、って言ってたから、ルナも死んじゃったの。
いなくなるってことは死んだことと一緒でしょ?」
ミーシアは悲しそうに窓の外を見ている。
楓はミーシアの隣に行き、ミーシアの視線を辿ってみる。
するとそこには小さなお墓が建っていた。
「あそこのお墓は・・・?」
「ルナのよ」
先ほどの話から推測するに、自分のことではないらしいということはなんとなくわかっていた。
「あなたが来るずっと前に居た猫よ。白い毛並みで光に当てると銀に輝いてたわ。そして瞳はブルー。
とっても、とってもおりこうで、すっごく綺麗な猫。私のルナ」
ミーシアは愛おしそうに懐かしむように楓の銀の髪をすいた。
「でも、あなたの瞳の色の方が綺麗だけどね」
楓の瞳を覗き込むようにミーシアが見つめる。
聞くところによると、楓とミーシアが飼っていたという猫の色彩的特徴が驚くほど一致している。
だからなのだろうか、自分に“ルナ”という名をつけたのは。
しかし、奇妙なのはあの男が何かを連れてきてから三日後にそれが消えるという点だった。
しかも、人だけでなく猫やら宝石なんかにも手をだしているらしい。
となると、考えられることは一つだ。
―…コレクター
あの男はコレクターと呼ばれる人種に属するものなのだろう。
元来から珍しいものや綺麗なものは掻き集めているらしいし
それに人はすぐに飽きてしまう生き物だ。
新しいものが増えるたびに古いものをどう処分するか迷った挙句が売却だったのだろう。
珍しいものは通常の手段では入りにくいため、それなりに不正なことをして手に入れたものもあるだろう。
そういったものを公けで売ろうとは普通は思わない。
なら、どこで売るのか。
そこが一番肝心だ。
不正な手続きで手に入れた品物を一番安全な方法で高値で売りさばく。
そんなことを、もんもんと考えていると自然と浮き上がってきたのはオークションだった。
オークションなら高値で売れるし、自分の親しいもの、信頼できる者達を呼び集めて行うことができるため、足もつかない。
「ルナと居られるのもあと一日なのね・・・」
楓がここに来てから二日経っている。
ということは、明後日にはオークションが行われるということだ。
そうなれば、逃げ出すチャンスはオークション当日か、オークションで買い手が決まった後になる。
「・・・ミシャ、ここ間違ってたよ」
「え!?うそ!そこ自信あったのに!」
陰気臭い雰囲気が漂ってきたのを消すために楓はミーシアが書いた解答の間違えを指摘した。
ミーシアと話している間にも楓は脱出計画を頭の中で考えていた。
計画を考えている時に、輪達が助けに来てくれないかな、という淡い期待が頭をもたげたが
この状況に陥ってしまったのは多分、自分がドジを踏んだせいだと思うので
自分の後始末は自分でやらなければ、と決意を新たにする楓だった。
+++アトガキ+++
第10話目となります「オークション」何ヶ月ぶりにオリジ小説書いた事か…
さてさて、ついにスザナ姉さんがまとも(?)に登場しましたね!
そして、スカイバギーも登場!
いやぁ、魔利、機械系等ってよくわからないんですけどね〜
まぁ、空飛ぶバイクみたいなものを想像して読んでくれるとよろしいかと。
スカイバギーの名前ですが、かっこいいですね「ディスパイズ」
いや、和訳はどうあれど(笑)
見おろすんじゃなくて見下すんです!そう見下すんですよ。下界の人をさ(笑)
空を飛ぶ原理は魔利もよくわかってません。こういうのは専門外なんで。
スカイバギーに乗っている時はショロトルさんもゴーグルつけてます(笑)
あっ!そうだ、来年(いや、今年?)の年賀状はこれでいこうかな。
スカイバギーに乗ったゴーグルつけたショロトルさん。
あ、いいなぁ〜これ。
よし。今年の年賀状はこれでいこうっと。
次回のお話しは輪達の素晴らしき(?)救出劇になりそうです。